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今回、行橋別府100㎞ウォークに参加し、無事完歩してきました。なかなかない経験なので、忘れないうちに書き留めておこうと思います。制限時間は26時間。

12:48 0.00㎞ スタート
混雑を避けるため、1分開門して2分閉門のウェーブスタート&目標時間が短い人からスタートするため、12時のスタートは観客気分で応援。みんなすごいスピードでスタートしていきます。参加者は4千人以上いるため、境内に入れたのは12:30頃。そこから延々列を進み、12:48のスタートとなりました。
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体力温存のため最初は抑え目に歩こうと考えていたのですが、すぐに河川敷の広い道に出て、ペースも全体的に速かったので、それにつられて普段の速さで歩いてしまいます。

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2.9㎞の沈下橋と8.8㎞の砂浜の階段で少し渋滞した以外は快調に進みます。
この日は曇りで日差しが無く、とても歩きやすかったです。

15:31 14.7㎞ 築城公園
築城基地の横を通って築城公園に到着。コカコーラの協力で、ペットボトル飲料が100円で売られています。多くの人が休憩していますが、まだ疲れを感じなかったのでアクエリアスを購入したのみで通過。ここから4㎞ほど国道の狭い歩道を2列で進みます。

16:30 20.0㎞ 浜の宮大橋
水かアクエリアスの給水ができるとのことで、空ペットボトル2本にアクエリアスを入れてもらいます。まだまだ元気ですが、先のことを考えここで初めての休憩を5分ほど取りました。この先はずっと幹線道路沿いに進んでいきます。

19:10 35㎞弱 山国川
30㎞くらいまでは追い越されるよりも、追い越すことの方が多かったのですが、このあたりからペースが落ちてきて追い越されることが多くなります。既に日は落ちて真っ暗の中、ようやく大分県に入りました。中津駅の第一CPまでもうすぐだったのですが、CPは混んでいるだろうと思い、山国川を渡ってすぐのコンビニで弁当を買って食べました。

19:40 36.0㎞ 中津駅(第一CP)
計測地点を通過し、梅干しとバナナをもらいました。駅の軒下には大量の参加者が休んでおり、座る余地はほとんどありません。
手前のコンビニで休憩して正解でした。中津の市街地は信号の間隔が短く、頻繁に赤信号にあたるため、ちょっともどかしく思いながら進みます。

20:30 40.5㎞ TOTO中津工場
ウォーキング参加者のために、工場のトイレ、休憩場所、お茶、飴などを提供していただいてます。多くの社員の方が誘導や応援に当たられており、頭が下がります。ここで数分休憩し、靴下を交換、トイレを使わせていただき、温かいお茶で体を温めました。

21:40 45.8㎞ うどんウエスト
宇佐市に入り、国道10号に合流。ここまで半袖シャツ1枚でいたのですが、寒さを感じてきたので、下に長袖のコンプレッションウェアを着ました。
30㎞程度なら何度か歩いたことはあるのですが、40㎞以上歩いたのは人生で数回のみ。今回に向けての練習でも45㎞が最長だったので、ここからは未知の世界です。足に疲れが出てきており、余り立ち止まると動きたくなくなる気がしていたので、着替えのみで出発します。

22:20? 48.3㎞ 宇佐別府道路分岐
足の疲れによりスピードが上がらず、ほとんどの人にさっそうと抜かれてしまいます。
普段の散歩や登山では人に追い越されることがほとんどないのに、高齢者や若い女性にも抜かれていくので、若干屈辱的な気持ちになります。しかもまだ半分も歩いておらず、完歩できるのかと不安になってきます。

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56.3km 宇佐神宮前

0:40 58.4㎞ ローソン
足の疲れが痛みになってきて、足の裏が着地時に痛むようになってきました。特にかかとがひどく、スピードもガタ落ちです。
この先17㎞位コンビニがないとのことだったので、ここで食事をとっておきます。カロリーが必要だと思い、普通の弁当を食べましたが、後で思えばここでしっかり食べてしまったことが、この先の眠気の原因だったのだろうと思います。

1:30 61.5㎞ 郷の駅宇佐(第二CP)
宇佐市に入ってから、延々歩き続け、宇佐駅を過ぎてもなかなか見えてこなかった第二CPにようやく到着。ここでも梅干しとお茶をいただきます。
CPに着くまでの間、足の痛みがひどいのに残り40㎞も歩けるのだろうか、リタイアするかどうかを延々考えていましたが、制限時間までは2時間以上あるし、まだなんとか歩けているのだから、頑張ろうと自分に言い聞かせます。
靴下を脱いで足をマッサージしていると、両足の小指に肉刺を発見。いままで肉刺ができたことがほとんどなく、対処法を聞いたことはあったものの、実践したことがないため、そのまま歩き続けることにします。休憩10分ほどで出発。
10分も休憩してしまうと歩きだしは足が歩き方を忘れてしまったかのように全く動かなく、数分歩いてようやくまともに歩けるようになります。

CPを出ると長い上り坂。100㎞ウォークのコースはここまではほぼ平坦な道だったのですが、ここから国東半島の付け根を縦断するため、3つの峠越えになります。この立石峠の上り道が辛さの第一のピーク。足の痛みがひどくなり、また、周辺に建物がない真っ暗な峠道を進むためか、はたまた先ほど弁当をしっかり食べたせいか、眠気が襲ってきて、歩きながら何度も寝てしまいそうになります。また、参加者は安全のため後方に青く点滅するバッジをつけているのですが、それが上の方までずっと続いているのが見え、あんなに上らなければいけないのかと、絶望的な気持ちも味わいます。リタイア者を運ぶバスが何台も通り過ぎていき、リタイアの選択をするだけであのバスに乗せてもらえると思うと、何度リタイアしたいと思ったかわかりません。
4㎞以上続く登り道をなんとか上りきった先の道端に少し広いコンクリート敷のスペースがあり、何人か倒れこんで寝ていました。眠気の限界だったので自分もそこで寝ることにします。

30分ほど寝た3:40分頃、雨粒が顔に当たり目が覚めます。眠気も感じなくなったので、すぐに出発。肉刺のせいで歩きだしはとてもつらいですが頭はすっきりしました。この時の雨は本降りにはならず、30分もしないうちに止んだと思います。

4:00? 70.1㎞ 日伸建設工業
日伸建設工業から山香休憩所までの4.9㎞が辛さの第二のピークでした。足の裏は痛み続けて、歩みは非常に遅い上に、1㎞以上は連続して歩けず、休憩のために座るのも立つのも膝が痛い。眠気も再び襲ってきて、重いまぶたを上げるのにも力がいりました。
さっきも寝ていたので、また寝るのには抵抗がありました。寝ても体力が回復せず、今のペース以下しか出ないのであれば、時間内にゴールできないかもしれない…。まだ多くの人が歩いているけど、寝てしまったら誰もいない中歩かなければいけないかもしれない…。しかし、眠気には勝てず、朝になれば眠気もなくなり、ペースが元に戻ることを願い、道端で30分ほど寝ました。
4:50頃目が覚めると、あたりは薄明るくなり、眠気も消えています。幸いまだ多くの人が歩いている足音が聞こえます。まだ大丈夫、頑張ろうと歩き始めました。ちょうど線路沿いを歩いており、そろそろ始発のソニックの時間かなと思っていたら、踏切が鳴り出します。なんとやってきたのは下りの貨物。6時前に西大分着の便です。ここで貨物が見られたことに嬉しくなり、応援してもらった気になりました。その直後には始発ソニックが通過。席が2-3割埋まる程度でしょうか。すでにゴールしたウォーカーも乗っていたことでしょう。

6:10 75.0㎞ 山香休憩所
ようやく3分の1です。ここでぜんざいをいただきました。周囲はアスファルトの上で死んだように寝る人の山。目の前にはリタイア受付があり、何人かがリタイアを申し出ています。
自分も足の裏の痛みがひどい状況で、残り25㎞あることに絶望的な気持ちを感じながらも、まだ歩けているのだから頑張ろうと思い、すぐに出発。しかし2㎞と続けて歩くことはできません。膝は特に問題なかったので、足の裏の痛みに早く慣れたい、痛覚を感じなくなってほしいと願いながら歩きます。状況は変わるかもと思い、靴下を履き替えます。肉刺が少し大きくなっているような…。

7:00頃? 78.4㎞ 七曲り入口
いろんな人のブログで、最大の難関と書かれている七曲り峠。78㎞も歩いてきた状況で登山道のような急坂を上ることになります。
この区間用に杖も貸し出されています。結構急な坂であるため、逆に足裏への負担が軽く、またしばしば登山をしていることもあり、50㎞以降の後半では最速ペースで歩くことができ、前の人をどんどん追い越せました。上り坂をこんなに楽に感じることがあるとは。しかし、登りは長くは続かず、その先には下りがあります。下り坂は踏ん張る力が必要でどうしても足の裏に負担がかかります。延々と続くように感じる下り坂がとてもつらかったです。
さらには、七曲り峠を上り始めたころから雨が降りだし、下りでは本降りに。天気予報では晴れや曇りで降水確率もそれほど高くなかったので、荷物が重くなる雨具は持ってきていません。ただひたすら歩き続けます。

8:15 82.5㎞ セブンイレブン赤松店
七曲り峠を下り、再び国道を歩いている間に幸い雨は上がりました。しばらく進んで最後の峠、赤松峠です。2㎞の上り坂が続きます。国道の坂であり、登山道ほど急な坂ではないので、足への負担は平地より少し楽な程度で、スピードは上がりません。
30分で頂上に到着し下ります。さきほどよりはなだらかな下り坂ですが、それでも足への負担は大きく、ゆっくりゆっくりと下り、大勢に抜かれます。それでも着実に前には進んでおり、85kmを過ぎたこの辺でようやく完歩できそうかなという気持ちが出てきました。

9:25 87.3㎞ 日出町保健福祉センター(第三CP)
スープと梅干しをいただいて、小休憩。休憩時は肉刺予防も兼ねて、毎回靴と靴下を脱いで足をほぐすようにしてますが、山香休憩所の先で靴下を替えた後は、肉刺がどうなっているかを見て歩く気力をなくしてしまうのが怖く、靴下までは脱げませんでした。大勢の人が寝転んで休んでいますが、あまり休憩すると辛くなるので、10分もせずにまた歩き出します。歩き出すときは肉刺がまた大きくなっている気がして、歩き方がひどいのですが、数分すると、肉刺が歩き方になじんでそれほど痛みを感じなくなります。

9:50 88.4㎞ ローソン
空腹は感じませんが、最後まで歩くエネルギーを補給するため、朝食におにぎり3個を食べます。残りは約12㎞で制限時間までは約5時間。2.5㎞/h以上で歩けば間に合うわけで、時間内完歩はほぼ確実かなと思いはじめます。しかしここからの道のりがさらに苦しいものでした。
残り10㎞を切ってから、足の裏、かかとの痛みはますますひどくなり、気力でなんとか1㎞は歩きますが、それ以上はとても無理です。そして肉刺が大きくなっているので、歩き出すのが本当につらい。かかとは休憩しろというが、小指にできている肉刺は歩き続けろという。長く休憩すると本当に歩き出せなくなりそうで、1㎞毎に数分休憩を繰り返します。天候も晴れてきて、強い日差しが当たるようになり、ますます体力が削られます。
残り5㎞からは1㎞ごとにカウントダウンの表示があるのですが、残り3㎞になっても、この時のペースではあと1時間かかるわけで、数字が減っていることよりも、あと1時間も歩かなければならないということを強く認識してしまい、苦しかったです。

13:30 100.7㎞ ゴール
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残り1㎞を切ってからも、延々と続くように感じられた道のりですが、ようやくゴール地点が見えてきました。スタッフの方や、先に完歩された方、そして一般の方から拍手とともにお疲れ様~と声をかけていただき、24時間4?分で無事時間内にゴールすることができました。ゴールまでの過酷な道中を思うと、無事ゴールできた感動で涙がこみ上げてきます。恥ずかしいので、必死にこらえていましたが。ここまで痛みつけられて、これほど感動した経験は今までにありません。何度も参加する人の気持ちもわかる気がします。

今のところまた参加しようという気にはなっていませんが、もしリベンジする機会があるなら、最初は意識してスピードを抑え、また、足裏への負担を軽減させるため、靴下2枚履きにしたりインソールを準備して臨みたいと思います。
最後にこのような機会をつくっていただき、道中夜中にまでサポート、応援していただいたスタッフのみなさんに心から感謝します。
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 GWはヨルダンへ行ってきました。
 旅行記はいずれ書くと思いますが、いつも通りいつになるか分からないので、他のブログなどで情報が少なく、苦労したヨルダン国内での移動について、参考程度の情報を記録しておきたいと思います。

今回の移動は次の通り

アンマン→アカバ(一泊)→ワディラム(一泊)→ぺトラ(一泊)
→アンマン→国境→エルサレム(2泊)
エルサレム→国境→死海→アンマン(1泊)帰国

では移動の模様をご紹介

アンマン空港→7th circle(エアポートバス 約40分 3.25JD)
 アンマン空港に15時台に到着し、空港の建物を出たところにあるエアポートバスのチケット売り場で市内へのチケットを購入。16時のバスに乗車し、7th circleへ。

7th circle→ムジャンマジャヌーブ(south terminal)(タクシー 約20分 3.58JD)
 バスを降りて、道路を渡り、道路から下に降りたところにあるバス会社のオフィスでアカバ行のチケットを取ろうとしたところ、既に満席。JETTバスはウェイティングリスト、他の2社もチケットはないとのこと。どうしようかと思っていたら、親切なムッタヒダバスのスタッフがタクシーで3JDほどのムジャンマ・ジャヌーブに行けば、バスかセルビスがあると教えてくれました。再び道路に上がり、流しのタクシーを捕まえ、南ターミナルへ。運賃はメーターで3.58JD

ムジャンマ・ジャヌーブ→アカバ(セルビス 約4時間 25JD)
 タクシーの運転手がセルビスを見つけてくれて、アカバまで25JDとのこと。セルビスは乗合のタクシーで、普通の乗用車に客が4人集まると出発します。既に一人いて、10分も待たずに残り二人も集まり、出発です(17:30)。2時間走ったところで10分ほど休憩し、アカバのムジャンマまで約4時間でした(21:30)。

アカバ→ワディラム(タクシーシェア 1時間 20JD/台程度)
 アカバのムジャンマに朝10時頃行くと、ワディラム行きのバスは13時までないとのこと。バスは3JD、タクシーは20JDだがどうする?と聞かれ、13時まで待ちたくはないけれど、特に急いでもいなかったので、3人くらいでシェアできるならタクシー使うと答えると、5分もたたないうちに、フランス人の旅行者二人を連れてきて、三人でシェア。一人7JDで行くことになりました。
 二人はキャンプを予約していなかったので、ビジターセンターで降りていましたが、自分は予約していたキャンプのオフィスまでそのまま連れて行ってくれました。この日はワディラムのキャンプ泊。

ワディラム→ぺトラ(バス 1時間半 7JD)
 ワディラムのキャンプで翌朝ぺトラへのバスに乗りたいと伝えると、バスがキャンプのオフィスまで迎えに来てくれます。バスは大体朝9時頃に各オフィスを回り、客を集めてからぺトラへ向かいます。この日はキャンプから出てくる客をしばらく待っていたので、9時20分頃にワディラムを出発して、途中一度休憩し、11時前にぺトラへ。予約しているホテルを伝えれば、ホテルまで送ってくれます。

ぺトラ→アンマン(ムジャンマ・ジャヌーブ)(バス 3時間 7JD)
 宿で聞いたところ、アンマン行のバスの始発は7時にムジャンマからとのことだったので、ぺトラ近くの宿から歩いてムジャンマへ。6:40頃に着くと、すでに客が多く、空席は残り少ない状況。6:50頃には空席が一つありましたが、出発していました。7時に行っても乗れない可能性があるので注意。客はヨルダン人ばかりで、外国人は自分だけのようでした。途中1回休憩があり、ちょうど3時間でアンマンのムジャンマ・ジャヌーブに到着(9:50)

アンマン(ムジャンマ・ジャヌーブ→ムジャンマ・シャマーリー)(セルビス 30分 0.5JD)
 周囲の人にシャマーリー行きのセルビスの乗り場を聞けば分かります。利用者は多いようで、待ち時間もなく、すぐに出発しました。特に渋滞はなく、30分でシャマーリーへ。

アンマン(ムジャンマ・シャマーリー)→キングフセイン橋(セルビス 1時間 7JD)
 ここでも乗り場を周囲の人に聞けばすぐに見つかります。既に一人待っていて、15分ほどの間に他に二人来て出発(10:45)。約1時間でキングフセイン橋へ。パレスチナ人を含むアラブ人?と外国人では国境の事務所が違うようで、先にパレスチナ人とアラブ系の人が手前の事務所で降り、自分はその敷地を出て、数百メートル走って外国人用の事務所で降ろされました(11:45)。国境での出費は出国税が10JDと国境を超えるバス代が7JDです(荷物代は1.5JDですが、自分は請求されなかった)。

アレンビー橋→エルサレム(シェルート40分 47NIS)
 13:10頃にイスラエルへの入国が許可され、建物を出たところにあるチケット売り場でダマスカス門行きのシェルートのチケットを購入。42NIS+荷物代5NISです。人が集まるには少し時間がかかり、15分ほどで満席になって出発。途中パレスチナ→イスラエルのチェックポイントでイスラエル兵士が乗り込んできて、パスポートチェックがありました。14:10頃ダマスカス門着。ぺトラからエルサレムまで、結構スムーズに進んで7時間強の移動でした。

エルサレム→アレンビー橋(シェルート55分 47NIS)
 ダマスカス門のシェルート乗り場は少しわかり辛く、周囲の人に聞きながらたどり着く。事務所でチケットを購入。国境行は値段が少し安いと聞いていましたが、エルサレム行きと同じでした。朝9時のシェルートに乗り、アレンビー橋に入るチェックポイントで少し時間がかかり、10時前にアレンビー橋に到着。出国税182NIS!!を支払い、あっさり出国。国境を越えるバス代はヨルダン側に到着したところで支払う。荷物が少ないことをアピールしましたが、8.5JDでした。荷物代込なのか抜でこの値段なのかは不明。

キングフセイン橋→死海経由→アンマンダウンタウン(タクシーシェア 20分+1時間 34JD/台)
 エルサレム発のシェルートで日本人と会い、自分と同じく死海に行くつもりだとのことだったので、タクシーをシェアして、死海に1時間ほど滞在してアンマンに戻ることになりました。外国人用の入国審査場の敷地にはタクシーがあまりおらず、55JDとのことで、高すぎる。敷地を出たところにもタクシーはあまりおらず、ここでは45JD。まだ高いなーと思い、出国時にアラブ人用の敷地あたりに多数のタクシーがいるのを見ていたので、そちらへ向かっていると、35JDというタクシーが現れた。この辺でいいかなということで、一人17JDずつの34JDでお願いしました。
 死海のアンマンビーチまでは20分程度。1時間ほど遊んでいる間は運転手もビーチまでついてきて、荷物のそばで見張っていてくれました。死海からアンマンのアルフセイニモスクまでは1時間程度で到着。

ダウンタウン→ムジャンマ・シャマーリー(セルビス 15分 0.4JD)
セルビスはゴールドスーク裏にたくさん止まっています。他の3人は途中で降りてしまい、シャマーリーまで行ったのは自分だけでした。

ムジャンマ・シャマーリー→空港(バス 1時間 3.25JD)
 バスターミナルの端に停車しており、11:30発のバスに乗りましたが、客はほとんど乗っておらず。途中7th circleで一人乗車していました。

以上、旅行記はいつか書きます。
 
豊前街道第2弾
今回は山鹿から南関を通り瀬高まで歩きます。
バスで前回のゴール、山鹿のさくら湯前まで向かい、出発。まずは左手に金剛乗寺の石門。
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右に少し入ったところにある八千代座。
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山鹿の町を抜け、国道3号を横切り国道443号へ。
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鍋田橋を渡って右折、鍋田横穴の横を通ります。この辺から雨が降ってきましたが、傘など持ってきていないので、雨に濡れながら進みます。
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博物館横の追分石を左へ。
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七里木跡。
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木立の中を抜け、国道443号を横切る。この先は車坂といい、西南の役の戦跡だそう。坂の途中には台場跡の標木もありました。
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坂を上りきると、畑の中を進み、ハゼ並木へ。この辺で雨が上がり、重たい雲も過ぎ去って日が照ってきました。
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従是西北玉名郡と記された群境碑を過ぎる。
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途中薩軍の墓の案内があるが、柵に遮られて見ることはできず。永ノ原の石碑を右に行くと、左に腹切坂。雨上がりのもやが立ち込めて、幻想的でした。
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苔むした道はとてもきれいでとてもいい雰囲気。雨の後だからかみずみずしい苔でした。かなり急な下り勾配なので、ちょっと滑りやすかったですが。かなりきれいに整備されているなと思ったら、少し先では業者が清掃されていて、ちょうど清掃後だからきれいになっていたようです。とてもいいタイミングで通ることができました。
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坂を下りて左に進み下岩官軍墓地と光行寺。参勤交代時の休憩場所になっていたとのこと。
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広い道に合流し左へ。橋を渡り右手に八里木跡と肘曲りの案内板。この急坂を上ります。
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坂を上ったところで、案内に沿って左に曲がり、進んでいく。雨上がりで空気が澄んで気持ちいい。
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県道6号を渡る。
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県道194号に出て、平野橋を渡る。橋を渡ってすぐ右折ですが、よく調べていなかったので、その先の集落まで行ってしまい、どこから曲がればいいかよくわからず、ちょっとタイムロス。橋に戻って右折し、豊前街道白坂の看板が出たときはホッとしました。
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再び県道194号を横切る。小さい豊前街道の標木があり、こういうものでもあると結構安心して歩けます。
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登りきると六本松の案内板を過ぎ、平坦な道を歩きます。道端の豊前街道の標木の設置者が南関町教育委員会になっており、南関町に入っていたことがわかります。ようやく熊本県最後の町まできました。
その先の九里木跡。
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その先は肥猪町。昔ながらの立派な家が多い、落ち着いた街並みで、御茶屋もあったようです。
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官軍墓地を過ぎると下りとなり国道443号に合流します。先ほどまで晴れていたのに、このあたりからまた雨が降り始めました。南関三小から斜め左に入りますが、雨は本降りになってしまい、びしょ濡れになりながら進み、道路際の大木の下で雨宿り。10分くらいすると小降りになってきたのでまた歩き始めます。小原の町を過ぎ、県道4号を渡って高速道路をくぐると、高速道路沿いに右に折れます。しばらく進むと十里木跡。
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更に進んで追分石。左の道から手前に進みます。右は玉名に向かう高瀬道。また雲はなくなり晴れてきました。服もすぐに乾いて快適です。またもやもやが立ち込めてきました。
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南関橋で広い道に合流し、南関の中心部に入ります。
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街を抜け、高速道路を潜り、国道443号を左へ。下調べでは旧街道は南関ICの手前の陸橋か先のトンネルのどちらかで高速道路を横切るようになっていました。わかりやすそうな後者の道を通ったのですが、トンネルを潜った先には平成25年7月に設置された真新しい標木があり、前者の道が旧街道であることを示していました。戻る気にはならなかったので先に進みます。木々の中を抜けたところに十一里木跡。熊本県の最後の里数木です。
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この先平成25年7月設置の標木が2か所立っていましたが、いずれも熊本に向かう人に向けた表示でした。逆向きに歩く人にもわかりやすいようにしてほしいものです。
道の両側に立つ境界石を過ぎると福岡県に入ります。従是西北筑後国柳河領と彫られていました。
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小さな集落を過ぎ、九州道を潜っていくと、松風の関の碑
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国道443号と合流するところに松風の関の案内板もあります。写真右奥の道から出てきて、写真手前方向に進みます。
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北関の集落を進み、九州道を潜る直前の右手に四里石。柳川からの距離です。
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建設中のバイパスとの分岐点付近から少しの間旧道を進むが、その先はかなりの距離を歩道がなく、大型車が多い国道を進まねばならない。ちょっと疲れる道です。JAの前にはミカンのモニュメント。
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国道沿いに三里石。
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国道が左にカーブするところを直進するように旧道があり、竹林の中のきれいな道を進みます。
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再び国道に合流後、九州新幹線を潜ったところで再度旧道に。
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満福寺で三度国道に合流するがすぐ左に分かれる旧道があります。水路上に建物が。
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この先の水路は工事中で、一部区間国道へ迂回。JRに突き当たるところに、二里石がありました。旧道はJRに分断されており、すぐ北側の国道の踏切を渡る必要があります。
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今回はここまで、山鹿から約35㎞、6時間40分程度でした。
すぐ北側にある瀬高駅から列車で帰宅。
 
久々に散歩記事です。
最近長い距離を歩いてないなと思い、いいコースはないかと検索していたところ発見したのが、九州自然歩道と旧街道。どちらも魅力的ですが、まずは豊前街道を熊本から北上してみることに。

今回は熊本から山鹿までを歩きます。山鹿に車を止め、バスで1時間かけて熊本へ。
スタート地点は熊本城の南西側にある、札の辻です。かつてはここを起点として、県内の豊前、豊後、薩摩、日向街道の里数が測られたとのことで、里程元標跡のモニュメントが設置されています。
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熊本城内を抜け、新堀橋を渡って京町へ。
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味のある醸造所を過ぎると鉤型の道の名残交差点を通る。
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一里木跡。札の辻から一里(4㎞弱)毎に榎が植えられていたそうで、その跡が示されています。この付近は切り通しになっており、清正が防衛のために作らせたそう。
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国道3号に合流し、四方寄交差点付近の御馬下の角小屋。交通量が多くとても渡れそうになかったのでスルーです。
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鹿子木町交差点付近に二里木跡。横はさびれた雰囲気だが、屋根が立派な西福寺。
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一旦国道3号から分岐するところにある菅原神社は更地になっており、新築する様子でした。
ウエストを過ぎると右折。いい加減交通量の多い3号に飽き飽きしたので、ようやく静かに歩けます。警察の自動車教習施設を横目に北上し植木天満宮。官薩両軍緒戦の地との案内有。その天満宮と横の公園を結ぶ小さな橋も味があります。
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区画整理事業中の地区を通過。三池往還もこの辺から分岐しているはずですが、よくわからず。
北上し再度国道3号に合流、少し進んで三里木跡。ドラモリで飲み物とチョコを調達。
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一木交差点から県道3号線に分岐。リバテープの工場はここにあったのか。
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ほたて坂へ分岐。コンクリート舗装になり、ようやく古い雰囲気の道に入ります。
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その先は味取の町。かつてはお茶屋が置かれ、賑わったとのことですが、元禄時代に味取新町(植木)と分かれ、その後新道が開通し、にぎわいを失ったとのこと。先達のHPを見ていると近くに味取観音というものもあったそうで、それには気づかず通り過ぎてしまいました。残念。
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味取町の案内看板を読んで、先に進んでいると自転車に乗ったおじいさんから話しかけられ、その後1時間以上道案内と解説をしてもらいながら一緒に進んでいきました。
加茂坂を下ると田園風景。熊本を出て以来これだけ景色が開けたのは初めてで、清々しい気分です。川に架かる橋は以前は眼鏡橋だったが、いつの間にか味のない橋に代わっていたとのこと。
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水道の配水所の横を上り、振り返ると平尾山
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上った先はビニールハウス群。
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県道3号に出会ったところで右に下っていくと、放牛地蔵と泉
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斜め右に曲がり、中央の道をまた上ります。おじいさんは、ここまでずっと歩いており、自転車を押すのもつらそうになっています。かなりスピードダウンしてきていたので、自転車に乗ってくださいとか、代わりに押しましょうかと何度か声をかけましたが、固辞され続けました。
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ビニールハウス群の横を通り、高速道路脇で4里木跡。
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右に曲がり、九州道を超える。
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またまた大量のスイカビニールハウス群。ビニールハウスは2重3重になっていて、温度が自由に調整できるようになっているそう。しかし原油高騰で、今年の冬はかなり厳しかったらしいとのことです。
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ビニールハウス群の中にある佐々宗能の墓。おじいさんはここを案内したかったようで、満足したのかここでお別れしました。
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三十六のお茶屋跡を過ぎると竹林の中、急坂を下ります。
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坂を下り、県道119号を渡ったところで、道を間違えてしまい、ちょっとタイムロス。一つ目の橋を渡って右側の道を行かなければいけないところを、直進してしまい、10分ほど進んでしまいました。
急な乙貝坂を上って、畑の中を進むと広町に入り右折します。
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しばらく進むと5里木跡。道の両側に塚が築かれています。
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その後畑の中を進み、ほとんど人が通らなさそうなうらやま坂を下り、是ヨリ北山鹿郡の群境碑を通り過ぎる。
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国道3号を横断したあたりが六里木跡。1年くらい前に歩いた人のHPでは、標木が横倒しの状態だったようですが、この日はなくなっていました。ぜひもう一度設置してほしいものです。
菊池川に突き当たり、堤防に上がります。正面には惣門が見えており、以前はここに橋が架かっていたものと思いますが、今はないので、左手の国道3号の橋を渡ります。
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国道3号の橋の欄干には灯篭祭りのモニュメント。
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堤防の惣門の先には観光地となっている昔ながらの町並みが。
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土産物屋などが並び、観光客も何組か見かけました。
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そんなこんなで朝バスに乗ったさくら湯前の交差点に到着。今回はここをゴールとします。
初めて使ってみたRunkeeperというアプリによると、札の辻から29,5㎞、6時間4分の旅でした。
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今回見た中で最も長い貨物をご紹介

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三重連で下ってきたこの列車は川崎汽船の専用列車のようで、7割方K'Lineのコンテナで赤色がきれい。

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画面左奥に上ってくる編成が見えます。

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すれ違い

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下る編成の先頭は画面左奥まで行っていますが、まだまだ続きます。
中間補機が2両ついていて、これ以降はUMAX主体の編成です。

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登り編成がようやくここまでやってきて、下る編成も最後尾を迎えます。

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小さくて見づらいですが、下る編成の先頭は画面左端付近まで到達しています。
上る編成は画面中央付近が最後尾です。
雄大さに見とれるばかりです。

途中からですが、動画もあります。


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この編成はこの後峠の下で撮影したときも再度出会いました。どこかで停車していたのか。

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最後にこの編成を撮って、ロサンゼルス方面へ向かいました。

結局周辺に6時間以上滞在し撮影していましたが、本数も多くいろんな場所から撮影できるため、飽きることはありませんでした。ロスからもそう遠くないので、また機会があれば行ってみたいですが、いつになるか。
アメリカは以上!
 
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